ND株式会社

「ND株式会社の設立までのお話」第一話

お問い合わせはこちら

「ND株式会社の設立までのお話」第一話

「ND株式会社の設立までのお話」第一話

2026/10/07

こんにちは、ND株式会社の矢田です。

 

今回はND株式会社設立の流れを数回に分けて簡単にご説明いたします。
第1話は私の幼少期~小学生のお話になります。

私の家は、裕福な家庭というものではなく、古くて狭い戸建てに家族5人というなかなか窮屈な生活をしておりました。兄弟3人とも男という暑苦しい中、毎日兄弟げんかの日々と、父親に毎日どつかれる日々でした。父親は特に教育熱心で、小学校までは父親には敬語、極端に言うと「はい」以外言えないほど怖かった思い出です。

父親は昭和の親父と現代の父親という二面性があり、お箸の持ち方から、挨拶、姿勢に至るまで厳しく教育されました。昭和の親父というと頑固おやじで、仕事以外の家事は絶対にしない方でしたが、掃除は毎日父親の役割というか、綺麗好きでした。

 

その父親の元、毎日が勉強と言われ、兄二人はいつも怒られていました。私はその兄を見て、勉強さえすれば怒られないものだと感じ、父親の圧力から避けていました。

当時はゆとり教育ではなかったので、休みは日曜日のみ。その日曜日は定期的に父親は登山に連れて行ったもらっていました。この登山というのが私の人生にとって重要なことだとはその当時は自覚しておりませんでした。

裕福ではない家庭でも、小学校に入ると、書道、サッカー、ソフトボール、駅伝、相撲と様々な習い事をさせていただきました。(兄二人は書道とサッカーのみ。)
書道とサッカー以外は小学校で人数が足りないから参加させられた形ですが、、、、、ただ、このスポーツを誘われる経験ものちのちの自己肯定感につながったのは良かったと思います。

私とお会いするとわかりますが、現在183cmで、小学校6年生で170cmありました。ほぼ巨人ですよね(笑)
今でも前の会社の人に言われるのが、まだ伸びてます?(笑)といじられます。

その小学生時代はただ、怒られたくないだけで勉強をしていた記憶がありますが、これも結果良かったなと実感しています。また、実家には両親が読書が趣味のおかげて、経営の本や営業の本、小説や料理の本までいつでも読める環境にあったのは恵まれていました。
やはり人格形成は小学校までが強いのかなと思います。ただ、父親に怒られすぎた、兄二人が怒られすぎてるのを見すぎたせいで、多少トラウマにはなってる気がします。

見ている方はいつ不動産会社設立の話になるねん!とお思いでしょうが、やはり幼少期から学生、社会人1年目までが不動産会社設立につながる話になりますので、ご了承ください!笑

次回の第二話は後日お届けいたします。

 

 

----------------------------------------------------------------------
ND株式会社
大阪府大阪市阿倍野区阿倍野筋3丁目10−1 あべのベルタ215号
電話番号:06-6556-9577


大阪市で収益物件の運用を支援

大阪市で店舗賃貸を丁寧に提案

大阪市で相続に関する手続き

大阪市で任意売却に向けて整理

大阪市で不動産の買取に対応

----------------------------------------------------------------------

当店でご利用いただける電子決済のご案内

下記よりお選びいただけます。